2018年12月20日木曜日
第17章 体 構
犬について体構と言う言葉は彼等の外観、即ち身体的の構成を現わしている。すべての身体的な特徴が、彼の体構を作り、そして外観を作る。その犬の目の色から始って尾の形に至る迄のすべてのものを含む犬の特徴は遺伝的なものです。このように体構の問題は、作出の一つの課題に絞られて来る。私達は、食餌と飼育のコンディションは、犬を適切に発育させるのに妥当なものであると想定したが、犬の体構は全く彼の遺伝に基くものです。かなり純粋な系統の場合、或る体構的な性質が同じ犬種の中での他の系統に対し特色となっているように思える。或る時にはこの性質は良いものであり、時にはいけないものもある。標準を打ち樹てる場合、何時の世のブリーダーでも何を求め、何の特徴或は欠陥を、彼の系統から取り除なければならないかを正確に知るべきです。
標準というものは、多くのブリーダーの結果が密接に似ているように統一されなくてはならない。このことは系統外との交配(異種交配)の際に特に望ましい事です。不幸にも、猟野系の犬のブリーダーは、公認された体構の標準を樹立していない。ベンチ系の犬の作出においては大変詳しい標準を持っているが、これは何故かと言うに、それが彼等の唯一の作出プログラムだからです。彼等によって作出された犬は、品評会において、この標準の上に立って審査される。
あなたは多分「よしよし、私は猟に使う犬が欲しいので、特別に犬の外観等は気にしない」と言うだろう。それに対する私の答えの第一番目のものは、あなたの犬は、あなたが彼に要求する多くの事柄を為すような身体的な可能性を持つために、立派な標準を作らなければならないということです。例えばあなたは多分犬に持久力を期待し、1日に何時間も更に引続いて何日も猟をするよう期待するだろう。この為には、彼の体は正しく構成されておらなければならない。
あなたは多分、彼に速く、円滑な、素晴らしい走法を期待するだろう。繰り返すが、その為には、彼は正しく作り上げられておらなければならない。あなたは彼に何年もの間、猟をしてくれる事を希望するだろう。もし後のあしのうらや脚、そして躯幹が適切に形造られておったら、彼はこの期待を満たしてくれるに違いない。
何故犬が立派な外見を持たなければならぬかという第2の理由は、単にそのような犬を所有することの真の誇りと楽しみの為です。私の知っている殆んどの狩猟家は、猟犬は如何なる外見をしておらなければならぬかという点に関し、大変立派な意見を持っているし、彼等はそのような犬を一目見ただけで素速く認める事が出来る。そのような立派な体構の犬を見守る事によって大変な喜びを得るのみでなく、そのような素晴らしい犬を所有する事で、あなたの自尊心をも大変満されるに違いない。
又記憶しておいて欲しいのは普通の外見の犬も、立派な外見の犬と同じように食物を食べるということです。美しい犬は馬鹿だと言う、犬についてのナンセンスを信じてはいけない。それは犬においても、人におけると同様真実ではない。ブリーダーは犬の外観を軽視することなく、立派なフィールドの演技犬を作出するよう努力しなくてはならない。私達が似前に論じたように、ベンチ系のブリーダーは殆んど完璧に体構についての作出を為している。
これに反して、フィールド系のブリーダーは体構について決して十分な考えを持たずに作出して来た。このような方法による両グループの何年かの作出の結果は、全く異なったタイプの犬達を作る結果となり、これは殊にポインタやセタにおいて著しい。
ベンチ系の犬のブリーダーによって用いられていた標準の正確さについては、疑問があるように思える。このような標準に、何年もの間従う事によって生れた犬達は、猟野において立派な体の体構を生み出すようには思えない。私自身の観察によれば、ベンチ系の犬はフィールド系の犬の持つ走法の円滑さと、スピードを欠いているようです。彼等は通常無器用で、優美さが無い。又普通に言われている底力や持久力が欠如している。
この一部は人間の態度や気持の結果ではあるが、やはりそれは身体的な基本を持っていない為です。繰り返すが、走る力と持久力を決定するのは、身体的な構造即ち肺活量、しょ、脚、そして背骨の構造等です。貧しい体構の要素が、猟欲に対する完全な無関心と一緒になって猟野の仕事にあまり適さない犬の系統を作り出す結果となったのです。
単一な体構の目的だけの作出は、以下に載せたロンドンサンデータイムズ1964年2月9日号の前の方の頁にある「ケンネルクラブヘの警告」と題して、アントニイ・カウディ氏が書いた記事の抜粋により明かに立証されたように、厳しく訂正された基準が必要です。
“100以上の作出団体は、ショーの基準に要求された「立派な線」に達す為に行なわれた、雑然としたインブリードに起因する登録犬における、たくさんのそして痛烈な奇形を、間もなく公にみせつけられるであろう。”
”永年に渉り、外科医と猟野系の作出者の圧力を受けた後、ケンネルクラブはその加入団体に対し、この問題についての徹底的な調査の結果を与える五つのパンフレットを配布させるのに同意した。彼等は最も拡がり、そして痛烈な状態の五つを扱い、それ等が最も普及している犬種の名を挙げるだろう。”
“クラブが、営利上の作出に対して取締りを行なう事によって、幾つかの一般的な作出団体に対して解散するよう忠告をなすべく期待されている。”
“パンフレットに含まれている英国家畜用小動物協会の調査レポートは、100人の獣医が6ヵ月に渉って120種の品種を調べた中で、僅か17種のみが、遺伝的な欠陥から無事であった事を示している。20以上の種類が実際的 に軽微な奇形を持っており、残りは全部が相当ひどい欠陥を持っていた。”
報告されている障害の中には「軟口蓋の延長」が含まれているが、口蓋の縮小を調整することをしない選択作出によって、犬の頭蓋は短くなって来ており、それによって咽頭が妨げられることになり易い。他の障害は眼瞼の内反(主に中国犬、スパニールやゴールデンレトリバーに顕われる)、膝蓋骨の移動(小型や愛玩用のプードル、ヨークシェアテリヤ、グリフォン)、股関節発育不全(セパードの一種のアルセイシア、ラブラドール、ボクサー)、進行性網膜萎縮或は進行性の盲(愛玩用のプードル、ラブラドール)等です。私はこれと同じような基礎的条件が、我が国のベンチショーの標準に存在し、一般的な作出プログラムは全く同じであるか、或は殆んど似たようなものであると思う。
同じような理由で、フィールド系の犬の多くのブリーダー達も、お互に異なった方向にあまりに遠く行き過ぎている。彼等はそれぞれ自分の作出目標の或る性能に専念し他のもの例えば外観のようなものは完全に無視している。殆んどのフィールド系の犬達が、身体的にうまく造られているにしても、スピードとか優美さとか、持久力等が考えられる限りにおいて、彼等は如何なる体構の基準にも合致していないのです。彼等は猟欲、ポイント、鼻、そして決断力等に注目し、シューティングドックとしての自然の才能を保存している。
しかし彼等は一般的な外観の性質を明かに欠いている。二重の犬即ち品評会と猟野競技会の両方に適することが出来るような系統を作ろうと試みるブリーダーもある。何人かの人がかつて成功したことがあるが、ここ30年か40年の間には、私の知っている限りの中ではいない。その理由として、二つの目的は何時も遙かに離れてのびて行くように思われ、何れのグループも、他の目的と喜んで妥協しようとしないからです。いわゆる品種のスタイルチェンジと言われるもの、或は円満な作出プログラム無しに特殊な目的にのみ作出した一つの例がアイリッシュセターです。昔、この犬種は大変有益なシューティングドックであった。しかし、その最も立派な性質、即ち美しい赤い毛皮が明かに滅亡に陥れたものです。
ブリーダー達は、あまりに犬の外見である皮とか毛とか色とかを美しくする事に熱中した結果、良い鳥猟犬を構成する他の性能を全くなおざりに付したのです。ブリーダー達のこの盲目的な追求の結果、今日ではアイリッシュセタは猟に用いたり、猟野競技に用いるにはあまりにお粗末なものとなってしまった。
私はアイリッシュセタの猟能を回復させようとしている多くのブリーダー達の、気高い努力に対し感服している。それは仲々うまくいっているように思えるが、これ程の打撃が徒に加えられたということは確かに恥辱だと思う。フィールド系のポインタやセタの多くのブリーダーは、レンジとか、判断力とか、自主性等に関して、気まぐれな、一時的なスタイルチェンジに悩んでいるように思える。これらのものは勿論重要な性能には違いないが、他のものを犠牲にしてもと考えるべきではない。私は如何なる特別の性能も強調し過ぎてはいけないと信じている。今日或るブリーダーは、犬が極端なレンジを持たない限り満足しない。フィールド・トライアルの一例として、レンジは他の重要な性能を犠牲にしてまで、過大な評価を与えられている。これは明かに道楽的なものであるが、もしこのようなことが、一般的にブリーダーにより行なわれた場合、この犬種が受ける打撃について考えて見てください。
一つの要素或は二・三の要素のみの為に他のすべての重要な事柄を無視した作出は、近視眼的な近付き方だと思う。犬のブリーダー達は現存しているが、それは或る場合は数百年も古い犬種の年令から比較すると短いものです。この犬種は私達の世代の楽しい猟野を通り過した後も尚、綿々として続いてゆくのであろう。従って今日における犬の作出者は、先の世代の作出者から手渡され、それを私達は順次に次の世代に手渡してゆく、単に当世における犬種の管理者です。私達は一緒に、この非常に有益な世襲財産についての注意と、保護と、保存とを、私達の生涯の間委託されている。このような考えを心の中に持った時、私達は果して自信を持っているだろうか。又、本質的なチェンジや、又、与えられた如何なる品種を変更するにしても、遺伝的に正しいであろうか。私達が加える如何なる変更でも、その品種にとって最高の有益さを持たなければならず、気まぐれや一時的な、或はスタイルチェンジであってはならないと思う。
私達は近視眼的な作出によって、犬の品種が僅か数代の間に可成り変更されるのを見たことがある。その結果時によると、永い年代の間の多くのブリーダー達の莫大な仕事を、僅か数年で恐ろしい迄も破壊してしまうことがある。今日発展している犬の系統は永年に渉って一段、又一段と、その権勢をきずき上げて来たものであることを記億しなければならない。猟野系の犬の作出においては幸福な妥協点がある。素晴しい性能のすべてが、良い外観の犬を産出する際、保存され立証されていけない理由は何も無い。これには明かに更に多くの選択を要し、又問題を複雑にするけれども、それでも尚可能です。私が見た或る血統の牝と牡とは、その子孫に大変望ましい外観を残すのを常としている。もし、長期に渉る選択作出計画が行なわれたら、これは不必要なことです。
猟野における演技の基準と一緒に、体構の基準も又適用され、敬虔に従わなければならないということをお奨めしたい。私達は猟野における基準は如何にあるべきかは知っている。それは私達が今迄既に論じて来たすべての性能を含まなければならず、性質、鼻、ポイント、決断力、走法、スタイル、性癖、猟欲、智力そして持久力等の自然の気質を取り扱うべきです。エルフュー犬舎では私達の作出の仕事を簡単にする為に、個々の犬の体構と演技の両方を数字で評価出来るように、評価表を用いている。実際上の交配は、その当座において個々の人々が、それぞれ犬達について評価した上での事であるにしても、これらの評価表は過去に行なわれた交配の結果の永久のレコードであり、このようにして将来の作出についても大変有益な案内を提供する事になる。完全なポインタを形造ると思われる身体的な性質を紙の上に書き現わすことは、丁度美しい顔の身体的な構造を記述する事が出来ないと同じように不可能であろう。
一般的な場合、犬が持っている持久力の総計のもととなる身体的な性質は何であるかを私達は知っていると私は考えるが、私はそれが正しいと過信はしていない。何が犬に円滑な走法をもたらすかを私達は知っているけれども、簡単に述べる事が出来るもの以外に、尚多くのものがあるような気がしてならない。如何なる事があるにせよ、次の章における私の記述や大約の基準は、真偽の程は分らないにしても、私達が用いているものである。これによって一般に形造られるポインタを作る事により私達は満足している。
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